掲示板発言集、其の四。





■ねぎ君よりご批判賜る.の巻



わかんないっす / ねぎ



バボさんと行った三年以上前のゲイサイを搬入スタッフとして、くまなくまんべんなく見させてもらったのですが、

今思うと、何したいのか、変わった事したいだけなのか、全然理解できないのが多かったです。

変わり種で作品作ってもそりゃ個性でも何でもないじゃん。目立ちたいだけっすよね。自分は他とは違うと。

それって無理して自分じゃないことして、あか抜けない美大生みたいだと思いました。変に気取って見えてしまうんすよ。

素直にやってれば、素直な作品が出来てくるんじゃないんすかね。それが認められなければ、

自分からにじみ出てくるものがまだまだ足りないのか、見る人との相性が合わないだけなのではないでしょうか。

社会に出て美大生に共通点が多くて皆同じに見えてしまうのですよ。何処かで無理に変わったこと

やろうと意識してしまってるんですよ。大学に入学してからずっと思ってました。

ばぼさんのこと言ってるわけではないですよ。

                                       2005/02/12(Sat) 01:59



Re: わかんないっす / ねぎ



すみません。愚痴ってます。不適切なら削除して下さいね

                                        2005/02/12(Sat) 02:03



Re: わかんないっす / いしかわかずはる



その節はどうも。あんなでっかい車を無事運転しきってくれて...。(今思えば酷なことやりましたね)

いっぱいいすぎて総じてどうなの?って問われると困るけど、「わかんないっす」っていうのは

多分わかりたいとも思わせてくれないってことなんじゃないかと思います。だけど、

「あか抜けない美大生みたい」っていうのもひとつのリアリティーであってそこにフォーカスする見方もあったりして。

「皆同じに見えてしまう」ってことは、皆同じなのかもね。でもみんなが無理して個性をきどってきるようには見えないけどなぁ..。

演劇やお笑い、その他商業ベースのクリエーションにおいては絶対に避けるべきことをも平気で含んでしまうのが、

「一個人の表現」の魅力であり落とし穴であると同時に、社会に対してはヒエラルキーをくぐり抜けてしまえる

JOKERみたいな可能性をもってるのではないかと思います。

どうしょーもないものでさえ、誰かとシンクロできるのを待っている。

だいたい評価の決まったものの中からようやく選ぶ方が楽ではあるのだけれど、

優勝しそうだからってことで急にファンになったり、マスコミが騒いでから関心持ったり、

ランキングやらプロモについつい流されたり、それはけっこう快いものではあるんだけど、

ちょっと慣れ過ぎてはなんかいかんように思う。金は美しいけれど、砂の中から自分でみつけるのは大変。

「くまなく」見たつもりでも見落としたものもあるんじゃないかな?

GEISAIは出場無審査のコンペディション。泥砂がたんと会する場です。

ひとりひとり感性が違うと言うのなら保証はできないのだけれど、金もダイヤもきっと潜んでいるよ。

かく言うばぼさんも「あか抜けない美大生みたい」なワンオブゼンだけど、

そりゃーもーしょーがないからまんま行きますです。

ちなみに今回は、2000年前後に描いた未発表の油絵なんかを含め、作品ごとのテーマを越えてある、

何よりもぼく自身を中心に据えて臨むつもりです。

それが「素直」ということに結びつくかどうかは分からないけど、ごまかせないように追い込んでみたいかんじです。

                                       2005/02/13(Sun) 01:16



Re: わかんないっす / ねぎ

ぼくは人を楽しませてなんぼの業界にいます。しかし裏方業ゆえに自分を全面に出す事はまずないでしょう。

条件付きだらけの制作であり、プレゼンもないです。それでも各々が仕事に出てしまうのですよ。

見ている人には誰が作ったのかわかりませんし、調べてもわかりません。公演、収録が終わったらほとんどが壊されます。

が、やっぱり見る人の感嘆の声を聞いた瞬間は嬉しいです。それって凄く素敵なことだと思いました。

クライアントに束縛されても絶叫させられることに喜びを感じたら、それは僕の素直な気持ちで表現なのだと思いました。

条件があって初めて各々の感性が見えてくるのではないでしょうか。何よりも気取って見えないのが個人的に好きです。

全部ではないと思いますけど。ゲイサイを見ていると作品よりも出展者が目立つことが多いですよね。

自己主張は良くても、度が過ぎた主張は見る人は引きます。作品売り込んでるのか、自分売り込んでるのかわからんのです。

やるなら大阪のおばちゃんくらいやってほしいです。作品見せたら後は引っ込んでてよいのではと。

あと、芸術の底辺を広げたいという催しなんですよね?そのわりには難しいんではないかと思いました。

母親が我が子のために撮った成長記録の写真の方が、よっぽど素直で芸術的に感じます。

正直ぼく自身何を言いたいのか解らなくなってきました。めちゃくちゃ自分勝手な考えばかりですが。

                                       2005/02/13(Sun) 04:05



(No Subject) / いしかわかずはる

充実感を持っていまの仕事をしてると知り、安心というか嬉しく思います。出展者のなかにはデザイン、

美術制作など、クリエイティブ系の仕事をしている人もいて、敢えて仕事では必要とされることのない、

そのひと個人発の表現を人に見てもらうための場として利用してたりします。

先述の「JOKER」は美化しすぎる言い方かもしれないのだけれど、作品と作者とトータルで

同時代の他人のリアルに触れられるからGEISAIはおもしろいと個人的には思っています。

東京ビッグサイトっていう巨大体育館みたいな変なとこで、機械的に仕切られた白テープの枠(とか

消防法その他の細かい規程)の中で、隣同士の打ち合わせもリハーサルもなんもないまま、

面白いものすごいものたくさん知っているであろうオーディエンスを迎え、どかんとやってサッと終わってしまう

というの条件のもと、ねぎくんの問題提起を肝に銘じて取り組まねば!

                                       2005/02/13(Sun) 12:50





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